さっぽろわくわく商店街


由来・日因縁・ミニヒストリー


商店街の歴史をシリーズでお届けいたします
■■ 第36回 清田地区商工振興会 ■■

「清田地区商工振興会」とは、清田区を中心に北野・真栄・清田・里塚・平岡・美しが丘に点在する商店街です。

◆清田の誕生
清田地区地図  清田区の中心部はかつて「あしりべつ」と呼ばれていました。明治6年、月寒開拓団の一員であった長岡重治(ながおかじゅうじ)が「あしりべつ」へ移住したのが最初の入植者と言われています。明治34年頃には、清田、真栄、北野の厚別川周辺の稲作、平岡、里塚、有明の畑作が定着し集落として成り立つようになり、現在の清田、北野、平岡、真栄は旧集落の『厚別(あしりべつ)』、現在の里塚を『三里塚』、有明は 『公有地』と呼ばれていました。
 『清田』の地名は、もとは「厚別本通(あしりべつほんどおり)」と呼ばれていた地域で、昭和19年の字名改称の際に、「美しい清らかな水田地帯」という意味で名づけられました。
 現在の清田区にあたる地域一帯を、称していた『厚別(あしりべつ)』は、アイヌ語の厚別川(あしりべつかわ)を意味する「アシリ・ペッ」(新しい川)から付いたという説などいくつかの由来があります。
 現在まちの名前としては使われなくなりましたが、川や滝、神社などの名前としては今も残っており、河川管理上の正式名称「あつべつ」川も厚別区より下流では「あつべつ」川、清田区より上流では「あしりべつ」川と読まれています。

■清田区役所ホームページ・きよたの歴史より
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◆清田のあゆみ
昭和初中期頃の畑作風景  昭和30年代までは厚別川の周辺には水田が広がり、畑作地帯では酪農も営まれていて、小高い平岡、里塚にはりんごが実る田園風景が美しい町並みでした。
 昭和36年に豊平町が札幌市と合併以来徐々に変貌を遂げ同年に清田団地、38年には八望台団地、45年に北野団地、真栄団地と次々に造成されました。
 昭和46年に国道36号線の上北野- 里塚間に新国道が開通し、翌47年には政令指定都市となり東部開発計画の一環とした準工業地に指定されると機械・家具・食品・飲料工場が続々進出し、病院、大型店舗、教育施設などが整備され、新興住宅地に人口流入がはじまりました。
 清田地区開基100年を迎えた昭和50年には8千世帯、2万5千人が居住する町となりました。
 そして平成9年には、人口の急増に伴うよりきめ細かな市民サービスの充実を図るため豊平区から分区して「清田区」が誕生しました。
■マップ:清田区役所ホームページより
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◆清田地区商工振興会の設立
清田地区商工振興会エリア  昭和55年、北海道ダイエーが出店手続きに踏み切るなか、人口増加の団地に点在する零細小売業者の危機感と脅威は極めて大きなものであり、さらに相次いで西友ストアーも清田出店の意向を表明したのを契機に幾度かの会議を重ねた結果、組織の強化と今後生き残る道を求める対策のため昭和55年12月21日に清田地区商工振興会を設立しました。

■清田地区商工振興会・創立25周年記念誌「歩」より
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◆清田地区商工振興会の活動と現在
第1回商工夏まつり

清田ふれあい区民まつり
 商工会設立後は大型店対策が主な業務となっていましたが、バブル崩壊、規制緩和と長期に及ぶ経済不況等を経験するも、平成4年、地域交流の初事業として、「商工夏まつり」を企画開催し、平成9年まで開催しました。
 清田分区後は町連主催、地域諸団体と共催による区民まつりの他、北野ふれあい夏まつり、盆踊り、ヨサコイソーラン祭り、商社の企業イベント、「平岡楽座」に関与し、平成16年は「お買い物スタンプラリー」を実施するなど、地域に根ざした商店街活動を展開しています。
 平成17年12月に創立25周年を迎え、次の筋目地域住民との親睦交流への貢献と更なる地域の発展をめざした街づくりに取り組んでいます。

■清田地区商工振興会・創立25周年記念誌「歩」より
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