さっぽろわくわく商店街


由来・日因縁・ミニヒストリー


商店街の歴史をシリーズでお届けいたします
■■ 第35回 西岡商店街振興組合 ■■

「西岡商店街」とは豊平区西岡3条1丁目から14丁目の水源池通りに面した商店街です。

◆開拓の歴史
明治時代の札幌大学正門前付近

明治時代の
札幌大学正門前付近
 明治17年に苗穂のぶどう園に出稼ぎにきていた福井県出身の西川次郎左衛門を頼って、実の兄弟である大滝勘右衛門、川中末吉が入植しました。
 最初の年は苗穂で働き、大滝氏が先に当時の焼山(西岡)に移住、その後西川、川中両家族も加わり開墾にあたりました。
 明治22年、西川次郎左衛門を評議員として月寒村管内の一地区としてスタートした自治は、明治35年豊平村誕生により豊平地区が全32部に分けられ、焼山は第22部にあたっていました。

■参考資料:HOPNETホームページ・西岡の歴史より
現在の札大正門

現在の札大正門

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◆地名の由来
 開拓当初は、森林が多かったこのあたりに開墾の火が飛び火してたびたび山火事が発生していたことから「焼山(やけやま)」と呼ばれていました。
 その後、明治42年に「西山」と改称され、さらに昭和19年に現在の「西岡」になりました。
 月寒台地の西に位置し、丘陵地帯であることから「西」に「山」または「岡」が付いたと伝えられています。
 
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◆西岡地区の発展
西岡の水源池

西岡の水源池
 昭和36年、札幌市との合併により西岡地区は急速に宅地化されるに従い、西岡から農地が消えてゆきました。
 住宅の振興にともなって次第に定鉄バスが路線を開設し、交通網も充実してゆきます。
 西岡といえば真っ先に名が挙がる西岡水源池は、月寒川の上流にある貯水池です。
 池の端にある赤い三角屋根が特徴の建物は、1909年(明治42年)に月寒に駐屯していた旧陸軍第7師団歩兵第25連隊の給水施設として建てられた「取水塔」で、池の水を水道管に取り込む水道施設です。
 この月寒水道は、歩兵第25連隊の他、月寒種畜牧場、月寒小学校などに水を供給していましたが、後の1945年からは豊平町、1961年からは札幌市の上水道として利用され、1971年に水源としての利用はなくなり、現在池とその周辺は札幌市が管理する西岡公園となって、西岡の名所、札幌市民の憩いの場となっています。
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◆西岡商店街振興組合の設立と現在
西岡商店街ホームページ

西岡商店街ホームページ
 昭和56年発足の「西岡小売商業振興会」の任意団体が、大型小売店の出店を前に危機感を募らせていた会員らの働きかけにより、将来に向けての飛躍をはかるべく法人化を決め、札幌市内32番目の法人組合「西岡商店街振興組合」を設立しました。
 西岡は札幌市内でも特に高齢者が多い地区であり、また古くから商店街が発達していたため地域密着型の商店が多いのも特徴です。
 こうした地域性に対応したサービスを提供して、振興会発足以来発展してきた商店街です。
 現在も、核家族化した社会環境の変化や住民ニーズにいち早く対応し、宅配事業や除雪、排雪サービス、夜間の灯油の配達など高齢者ケアと、大型店には出来ない細かなサービスを商店街が担うべく「お助け広場」事業が商店街活動の中心になっています。
 また、組合員を対象とした「団体検診」も大変好評な商店街事業で、本来個人事業主ほど健康面には気をつかわなければならないものですが、費用の負担が大変ということで組合が費用の一部を助成して、年に一回健康診断を行うもので、健康な身体があっての地域貢献、商店街活動とあって組合の大切な事業として継承されています。
 創立24年を迎える現在も、地域主眼のサービスの甲斐あって地域住民における商店街利用率も増加しており、地域住民に親しまれ、頼りになる商店街として地域貢献に取り組んでいます。
ホームページ内ショップリストの一部

ホームページ内の
ショップリストの一部
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