さっぽろわくわく商店街


由来・日因縁・ミニヒストリー


商店街の歴史をシリーズでお届けいたします
■■ 第31回 平岸商店街振興組合 ■■

「平岸商店街」とは平岸1、2条の15丁目から10丁目の地下鉄南平岸駅前から、平岸街道は環状線までの商店街です。

◆平岸のはじまりと由来
開拓使仮庁舎

開拓使仮庁舎(明治4年)
 明治4年、平岸は仙台伊達藩の藩士とその家族たち62戸202名によって開拓された農地です。 
 明治5年に「平岸村」が誕生し、当時は広域に達しており、豊平川上流域と定山渓までが平岸村でした。 
 明治35年に、平岸は月寒村・豊平村と合併し「豊平村」となりました。
 その後、昭和36年に札幌市と合併し豊平区となり、47年政令指定都市施行に伴い南区と分離し現在の豊平区平岸が誕生しました。 
 「平岸」の地名の由来は、アイヌ語の「ピラ・ケシ・イ」(崖の・尻の・ところ)から来ています。かつて豊平川の川岸が崖だったことによるものと推測されます。

▲このページのTOPへ

◆平岸りんご

りんご収穫風景

リンゴ収穫風景
大正2年頃
 62戸202名の開拓者を入植させる為、南北1400間(2500m)、幅員10間(約18m)の直線道路を開削したのが現在の平岸街道の起源です。
 当時は、その道路の真ん中に精進川から水を引く掘割(ほりわり・用水路)があり、現在の平岸街道の平岸2条側に地主の家屋、3条側に広大なりんご農園が丘陵地一帯まで拡がっており、道路渕には有刺鉄線が張り巡らされていました。
 北海道は明治17,8年頃には、リンゴの産地としての知名度もあり、その中でも平岸は札幌におけるリンゴ栽培の中心で「平岸リンゴ」は全国に名が通るブランドで、ロシアやシンガポールへも輸出する日本を代表するリンゴ栽培の名産地でした。
 しかし、戦時中の資材、肥料、労働力不足が原因とした土地や果樹の衰弱による腐乱病などの流行、また26年以降には異常寒波・台風などの被害により、昭和30年代中頃には平岸の果樹園は衰退してゆきます。
 そうした中、平岸街道を拡張するため、用水堀が昭和36年に埋め立てられ、平岸は田園から市街地へと大きく変貌を遂げることになりました。
◆商いのはじまり
石切場

石切場(南区石山)
 平岸から中の島、豊平の旭町、水車町一帯は豊平川の扇状地で、豊平川から運ばれた肥沃な土壌の沖積はりんごなど果樹の栽培に適していたため、明治の初期から始まったりんご栽培も、明治17,8年頃から大正にかけては、その最盛期でした。
 平岸においても明治20年ごろから本格的なりんご栽培が始まりました。
 その頃、豊平では商店街の形成が始まった時代ですが、聞き伝わるところよると、平岸では生活物資や馬具の調達などは豊平の商店街(36号線界隈)へ買い物に出かけてゆき、地元には荒物屋さんがある程度ではなかったかとのことです。
 その一方で平岸街道は、産業道路として南区の石切山から採掘された軟石を運搬する道路として重要な役割を果たしていました。
 昭和46年に地下鉄南北線が開通されて以来、北海道では初となるマンション型高級住宅地として「木の花団地」が建設され、大型スーパー出店の動きが見られはじめて、ようやく商店街は団体としての活動に乗り出しました。
馬鉄

平岸街道を通り
軟石を運搬する馬鉄
(札幌駅前通り奥が札幌駅)

▲このページのTOPへ
◆平岸商店街の発足
表彰

表彰状
 平成2年発刊の創立10周年史によると、豊平区の西を南北に貫く平岸街道は、水銀灯を配しグリーンベルトを抱える美しい町並みで、その両側には商店が軒を連ね、地下鉄の開通とともに発展した新興住宅街と伴に商業施設も増加し、成長してきました。
 昭和54年に大型スーパー「西友平岸店」が出店を発表し、その影響の大きさは膨大と推測され、地元商店街はその対策はもとより、地域商業環境への対応活動のため、強固な組織づくりが急務となり、平岸商店街振興会を結成しました。
 しかし、法人格を持たない団体であり、法的に非力であったため磐石な組織化をめざし、昭和55年2月平岸商店街振興組合の設立となりました。
 設立当初は大型店の進出に伴う地元の対応、調整などに大変なご苦労があったそうです。組合員の徹底した相互扶助の精神と、総意協力を終結し、商店街の近代化を目指し、消費者ニーズに応えるべく努力が評価され、平成元年には札幌市から「札幌市優良組合」の表彰を受けました。 
▲このページのTOPへ
◆平岸商店街振興組合の現在
カラオケ・ダンスの集い

カラオケ・ダンスの集い

花を植える児童

花植えに参加する
平岸小学校児童
(「とよひら花ランド事業」)

 『文教の町』を理念に、派手な装飾を受け入れず、閑静な街づくりを行ってきた平岸で、
平岸商店街振興組合は今年で創立26年目を迎えます。
 農地から商業地に転身した地区だけに、多方面から転入してきた商店も多く、組合としてはまず、商店間の融和と地域との連携を出発点に、地域住民が住みよく、活き活きと活動でき、希望を持てる町まちづくりに貢献することから、商店街の活性化を図っています。
 夏祭りやカラオケ・ダンスの集い、アイスキャンドル作成など商店街、青年部、女性部が主体となり、地域の美化と地域住民との交流をはかっています。
 また町内会、まちづくり団体、学校、行政と協力し「とよひら花ランド事業」に参画し、賑わいとふれあいのある道づくりに貢献、福祉・教育、環境などの分野においても商店街が地域と一体となって、平岸の発展に寄与しています。
 平岸商店街振興組合においても、不況と後継者不足に悩む厳しい時代でありますが、どんな時代であれ、嘘の無い商店街であり続けることが唯一地域に愛される由縁ではないかと、平岸商店街振興組合の横山専務理事は言います。
 後世に自信を持って残せる街づくりを活動の中心として、平岸商店街振興組合はこれからも先人が掲げた組合員の相互扶助の精神のもと、一致協力し商店街の発展に努力しています。
▲このページのTOPへ
■バックナンバー一覧へ



 
〈トップページにもどる〉
 

札幌市商店街振興組合連合会
〒060-0063 札幌市中央区南3条西3丁目15番地 竹内ビル6階 011-261-9586
Copyright 2008 Sasshinren, All rights reserved.