さっぽろわくわく商店街


由来・日因縁・ミニヒストリー


商店街の歴史をシリーズでお届けいたします
■■ 第28回 札幌駅前通振興会 ■■

「札幌駅前通振興会」とは、北4条から北大通りまでの西3・4丁目エリアです。

◆札幌駅前通りの発祥


三代目の札幌駅舎
 明治4年、北海道開拓使の仮庁舎を中心に一里四方が市街地区域と制定され、道路を敷設し、区画割りして出来きた通りが駅前通りの原形です。
 当時はまだ鉄道は開通していなかったので駅は無く、北から大通りまでの名称は「小樽通り」、それ以南は「虻田通り」でした。
 明治13年、札幌と小樽間に日本で3番目の鉄道が開通し、停車場(「駅」)が出来て以来「駅前通り」(当時は「停車場通り」)と呼ばれるようになりました。
 明治18年には、駅前通りの北5条から北1条までにアカシアと桜、柳が植えられ、その並木道は「アカシアの都札幌」の象徴になりました。
 やがてこの通りに面して商店が立ち並び、人力車が走るようになり、後に人力から馬に代わって馬鉄が、そして電車へと移り変わってゆきました。


駅前通りを南向に走る馬鉄

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◆札幌駅前通りの変遷


レンガ造りの五番館
(大正7年頃の駅前通り)
 札幌駅前通りは年を追って都市計画が進められ、札幌の中心として近代的な建物が並ぶようになります。
 駅前通り名物の建築物であった赤レンガ造りの五番館は、明治32年に建てられました。
種苗・農機具・洋品などを販売する札幌で最初のデパートでした。
 太平洋戦争下の商店は売る商品がなくなり閉店寸前の様相でしたが、終戦後、駅前通りの商業を盛り立ててくれたのは米国軍人でした。
 駅前通りに面した主要な建物は進駐軍に接収され、グランドホテルは上級将校の社交場と宿舎になり、旧拓銀本店は第77師団の司令部となり、越山ビルには特科隊と憲兵隊が入り、帝国生命ビルや鉄道クラブは上級将校宿舎になりました。その往来で商店街は活気に満ちていました。そして交通機関の鉄道に市民が殺到するなど、駅前通りは人々であふれるようになってゆきます。
 こうした時代を経て、生活物資も次第に出回るようになり昭和25年に開催された『第1回さっぽろ雪まつり』は復興の気運をおおいに盛り上げてくれました。
 しかし、昭和30年代に入ると札幌市の人口の急激な増加に伴い、駅前通りもその影響を受け大きな改革が迫られることになります。札幌のシンボルであったアカシアの古木が撤去されるという、それは札幌市の歴史の中でも大きな出来事でした。


昭和初期の駅前通り
(手前のビルは帝国生命ビル
・北2条西3丁目)
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◆札幌駅前通振興会の発足


昭和45年の駅前通り
中央には市電が走り、
写真手前には地下鉄工事の
様子が伺える。
 時は移り、札幌のメインストリートとして多くの人々で賑わっていた札幌駅前通りには昭和26・27年頃、商店街の振興を図るべく『札幌駅前通商店街振興会』と、明るい駅前通りづくりと整備された歩道の維持を目的とした『駅前通照明灯維持会』が組織されていました。
 その頃駅前通りは行政による道路の拡幅事業が提案されていて、商店街としては立ち退きという大きな問題を抱えていました。そんな中、昭和27年にこの通りは防災地域に指定され、木造建築が禁止となり問題は更に悪化します。
 商店の存続を願い地元と行政との折衝は何年もかかって繰り返されましたが、やがては商店街の発展のため両者が歩み寄り、テナントビルの建築、権利調整など解決策を見出して合意に至りました。
 そんな昭和も終わりの頃、駅前通りは高層ビル化の波が押し寄せ、商店はその谷間に沈んでゆきました。このままでは商店街の存続も危ういとの危機感から二つの組織は発展的解消をし、新たに駅前通りの美化事業と環境整備事業を主な活動とする組織として『札幌駅前通振興会』を昭和62年に立ち上げました。
 札幌駅前通振興会は、会員を商店や金融機関・証券会社・飲食店など事業者に限定せず、趣旨に賛同する方々も含む現代版町内会的な緩やかな結束ネットワークを構築しています。
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◆札幌駅前通振興会の現在


北3条通り交差点
中央分離帯のガス燈
 札幌駅前通振興会の主な活動事業は、駅前通り両歩道の清掃事業と違反広告物除去・取締り、ホワイトイルミネーション(駅前通りは残念ながらH18年からは地下歩行空間工事のため休止)、北海道神宮祭、花のさっぽろ駅前まつり、さっぽろ雪まつりなど駅前通りに関連する行事や各種文化事業への協賛、後援と、各種スポーツ事業団体への後援、協賛等を行っています。また、北3条通り交差点分離帯のガス燈付きクロックタワー2基の寄贈を行ってきました。
 昭和47年のオリンピック開催に伴う地下鉄の開通(S46年)から三十余年、都市を代表する繁華街であった札幌駅前は、札幌のメインストリートという存在とともに大通りへと移り変わったかに思えていた平成の時代でしたが、平成15年に札幌駅のリニューアルを契機にまた活気を取り戻し、魅力あふれる札幌の顔として新たなスタートを切りました。
 そして札幌を代表するメインストリート駅前通りは、奇しくも今また新たな都市開発事業の中心にあります。長年の市民の要望であった地下通路の開通、地上の緑を絶やさないで欲しいとの要求、自転車の通行や駐輪に対する意見、世界に誇る観光名所としての景観、地域住民の生活環境の維持など様々な観点からより良い「まちづくり」と「まち維持」を市民の側からアプローチ出来るようにと、札幌駅前通振興会は地元町内会などと連携し『札幌駅前通協議会』を発足して、行政との懇話会において数々の提案をしています。
 北海道の開拓以来発展を続けて130年、現在もなおその勢いの止まらない札幌駅前通りですが、変化を続けながらもその原形は留めて変わらず望郷の思いを寄せられる幸せを感じ、この駅前通りで生まれ育った先人たちの街を想う愛情と、努力と苦労に対し敬意を表したい思いです。しかし、札幌駅前通振興会においても地元出身の会員が少数となった今、札幌駅前通りの発展は私たち市民全体の問題として捉え、この街づくりが歴史の一頁に刻まれる責任を果たしてゆくためにも、現代版町内会的な結束ネットワークの札幌駅前通振興会に是非とも牽引して欲しいと願っています。


現在の駅前通り
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