さっぽろわくわく商店街


由来・日因縁・ミニヒストリー


商店街の歴史をシリーズでお届けいたします
■■ 第24回 白石商店街振興組合 ■■
白石商店街とは、白石本通1丁目から4丁目の国道12号線の両側に位置する商店街です。
◆白石の開拓
開拓の頃

開拓の頃
 白石区の始まりは明治4年、旧仙台伊達支藩の白石藩(現在の宮城県白石市)藩主片倉小十郎とその家臣らの開拓にはじまります。
当初、白石地区一帯は『最月寒』(もつきさっぷ)と呼ばれていて、うっそうとした原始林でした。
そのような土地を開拓した入植者の努力を称え、当時の判官から『白石村』の名を賜わり、昭和25年札幌市と合併した後に、札幌市が政令指定都市に移行したのに伴い『白石区』と名称が変わりました。
 白石本通りは、北海道の内陸部へ通ずる道路の発祥の地という名誉を担い、現在も国道12号線は主要幹線道路となっています。
12号線

12号線

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◆白石の商店の始まり
開拓後の家並

開拓後の家並
 町の始まりは入植者100戸が現在の国道12号線の両側に住まいを建てたことに始まり、商店街の歴史については、開拓の当初、時代背景から察するに食糧の自給自足は何より先に望まれることであり、農村の開拓は急務でした。
そのため、開拓当初から樹林を開き農地開拓に当たったことが歴史資料に記されています。
 また、開拓の先導者・白石藩佐藤孝郷(さとうたかさと)は移住者の先導役責任者であったために、自らの土地を耕すことができず、妻キクが生活を支えるために小豆で羊羹を作り、札幌へ行商に出たという記録があります。これが白石における商いの発生となるのでしょうか。
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◆白石の商店街の変遷
鈴木商店

鈴木商店
 天然資源として恵まれた木材を原料とする薪炭の製造が早くから行われたのも厳寒の土地だったからでしょう。薪炭を扱う鈴木商店が開店したのは大正初期のことです。 
 また、大正7年代に駄菓子・文具・雑貨を扱う店が開店、米穀店、精米所、床屋、桶屋・・と白石商店街の草創期が作られました。

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◆白石商店街振興組合の現在
昭和の商店街

昭和の商店街
 現在に見る商店街の輪郭が作られたのは、昭和26年に本通り8丁目に市営住宅が建てられたことで発展したと思われます。
 今年、創立35周年となる『白石商店街振興組合』の現在は、先人の開拓の歴史を辿り、地域住民が「わが町故郷を語れる」街づくりイベントに積極的に取り組んでいます。なかでも、毎年10月に行われる『ハロウィン』イベントは白石商店街が他県から注視される「街づくり事業」として今後益々の発展を遂げることでしょう。
 こうした”地域と共に、住民と共に”未来を見据えた街づくりに取り組んでいる白石商店街振興組合は今、着実に活性の芽を育んでいます。
ハロウィン

ハロウィン
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