さっぽろわくわく商店街


由来・日因縁・ミニヒストリー


商店街の歴史をシリーズでお届けいたします
■■ 第23回 西野商店街 ■■
◆西野の開拓
琴似屯田百年祝記念祝賀会

琴似屯田百年祝記念祝賀会
  西野の開拓は、明治4年、越後(新潟)主審の森三吉、平野平八郎ほか計五戸がベッカウス(現在の西野二股付近)といわれたところに移住開墾したのが始まりといわれています。ベッカウスとは、アイヌ語で「山崎」といい、山の尾のように伸びた地形が川のあたりまで迫っているという意味です。
  本格的な開拓は明治18年に6戸18人が(今の西野第二地区付近)に入地したのが始まりといわれ、移住民が増えていきました。彼らの功績をたたえて西野の開拓は「広島開墾」の名で呼ばれています。
■写真は 「新西区のおいたち」区政施行20周年記念より

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◆札幌近郊の米どころとして
水車

水車
 西野地区は、明治30年代に着手した用水計画の推進により米作が進み、発寒川や中の川から水を引いた「広島開墾用水」や、「西野用水」と呼ばれる農業用水によって、後に「西野米」で世に知られる札幌で有数の米どころとなりました。当時100台の「もみすり水車」があったと言われています。また、畑作も札幌近郊の消費地に応じられるだけの野菜を生産するようになり、果樹園芸も開発されこの地域の特色となりました。

■写真は「新西区のおいたち」区制施行20周年記年より
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◆西野商店街近年の活動
西区アダプト・プログラム事業調印式

西区アダプト・
プログラム事業調印式

 西野商店街の近年の活動は、「西区アダプトプログラム」といって美化活動が行われる地域に掲示される看板の設置です。この看板は、西野商店街地区を行きかう人々に「ポイ捨てを防ぎ美しいまちづくりを目指しましょう!」といった呼びかけをしています。
  また屋外広告物及び札幌市屋外広告物条例の規定にもとづき、西野商店街振興組合と札幌市長との「路上違反広告物除去の実施に関する覚書」が調印されました。地域の人々が一丸となって歩道清掃と同時に違反広告物の除去を行いました。平成16年度は毎月1回、主に第4土曜日に活動を行ってきました。

■写真上・写真下は、「西野商店街」より
活動の様子

活動の様子
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