さっぽろわくわく商店街


由来・日因縁・ミニヒストリー


商店街の歴史をシリーズでお届けいたします
■■ 第21回 月寒中央商店街 ■■
◆月寒地区の発展
国道36号線・昭和52年

国道36号線・昭和52年
 月寒は戦前「つきさっぷ」と言われていました。アイヌ語のチ・ケシ・サプ(われらが木をこするもの)やチ・ケシ・サプ(丘のはずれの下り坂)からつけられたという説があります。月寒は明治29年に軍の駐屯地となり、それをきっかけに商店街が形成されていきました。商店からは、魚や豆腐などさまざまな品物が軍に納められました。戦後軍隊が消滅した後は、広大な敷地を抱えていた旧軍の跡地は公共施設や住宅に変わって人口増加をもたらしました。

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◆アンパン道路の工事
アンパン道路

アンパン道路
 明治43年4月、豊平町役場が大字豊平村から大字月寒村へ移転しました。このころ月寒に直接通じる道がなかったので、平岸村から役場へいくには大変不便になりました。そこで、豊平町は平岸から月寒へ直接いくことができるよう新しい道を造ることにしました。現在の道路でいうと、平岸小学校付近から白石藻岩通を東に向かい、羊が丘通との交差点付近で左斜めに曲がり、月寒児童会館の横を通って国道36号線までがこの道路です。
  この道路は起伏が激しいことと水田を埋め立てなければならないことなどから、とても大変な工事だったので、当時月寒にあった軍隊の応援によって工事が進められました。工事の期間、兵士には、毎日「アンパン」5個が間食として配給されました。このことから、この道路を「アンパン道路」と呼ぶようになりました。

■写真は「豊平区の歴史 区制施行30周年記念」より。
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◆月寒中央商店街近年の行事
ハンドベル演奏♪

ハンドベル演奏♪
 毎年、月寒中央商店街を中心に地域住民・町内会などの協力を得て開催されている「ホワイトジャンボフェスタ2004」は、今年で8回目となります。昨年に引き続き、渡辺龍一捕手(月寒中学・札幌第一高校出身)によるサイン会、写真撮影会が開催されました。月寒児童会館の児童による「ハンドベル演奏」や、月寒中央通に飾られる「アイスキャンドル」も夜道を歩く人々の目を楽しませてくれています。

■写真上は「ハンドベル演奏」の様子です。
■写真下は「サイン会」の様子です。
サイン会

サイン会
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