さっぽろわくわく商店街


由来・日因縁・ミニヒストリー


商店街の歴史をシリーズでお届けいたします
■■ 第13回 一番街商店街 ■■
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明治18年頃の南1条西1丁目付近(北大図書館所蔵)
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大正15年改築後の丸井今井新館・現一条館(「丸井今井百年のあゆみ」)
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昭和7年、新装オープンした当時の三越(絵はがき)
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南1条通り(南1条西1丁目・北側)
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南1条通り(南1条西1丁目・南側)
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休日の南1条スクランブル交差点
●札幌の町割りの基点としてスタート

南1条西1丁目にある「札幌建設の地」碑は、岩村判官が町割りの基点とした場所であることを物語っています。この碑が立つ場所には、かつて「丸八」の暖簾で宿屋があり、南には宿屋と筆紙墨を商う「秋田屋」、隣に湯屋「万次郎」がありました。開拓時代、札幌に町家が初めて建てられたのが南1条通りです。明治25年、大丸藤井(株)の創業者が紙(文具)商の前職灯油行商を始め、明治26年には、(株)丸ヨ池内が丸ヨ池内金物店として創業するなど、歴史あるお店が今も存在している商店街です。

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●札幌南一条振興会 発足

大正元年、南1条西5丁目から東2丁目間に馬車鉄道が開通します。さらに、大正7年には電車となって交通が整備されました。同年、現組合の前身「札幌南一条振興会」が発足します。道内初のショッピングモール作りを行い、南1条西1丁目から西4丁目の道は道路と歩道を分けて、歩道の縁石に十勝御影石を使い買い物客の散歩道として整備されました。

経済恐慌の暗いムードが漂う昭和初期にも、南1条通りには大型ビルが建設されました。大正15年には丸井百貨店がエレベーターのある4階建てビルを完成。昭和7年には三越百貨店が6階建てのビルを開店しています。戦中から戦後の厳しい時代を経て、戦後復興とともに南1条通りも大きく変化しながら再編成が進められました。

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●ハイクラスの商店街「一番街」が誕生

昭和36年、「南一条振興会」が発足し、街路の「花いっぱい運動」や交通事故防止運動などの社会奉仕事業を展開。昭和48年にファミリータウン「一番街」と名づけてハイクラスの商店街を目指した街づくりが進められました。翌昭和49年には「一番街商店街振興組合」を法人化設立しました。

戦後も続々大型ビルが建設され、店舗がオープンしました。昭和61年には「環境整備計画」を策定して、電線類の地下埋設、街路灯の増設、ロードヒーティングによる歩道整備などを昭和63年に完成させました。

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●平成、そして未来に向けた街づくり

明治・大正・昭和・平成と、時代とともに変化・発展してきた南一条通り。昭和49年から夏の日曜日に車道を歩行者に開放した歩行者天国「さっぽろプロムナード」を実施。YOSAKOIソーラン、神輿渡御、北海道マラソンなど、短い札幌の夏をにぎやかに演出しています。

今後も未来を見据えながら、特徴ある近隣の商店街と連携を深めて、たくさんの市民が集う通り・街づくりを展開していきます。

(写真・参考:札幌文庫「札幌の商い」)

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